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東京地方裁判所 平成7年(ワ)11233号 判決 1997年7月18日

主文

一  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告は、原告に対し、別紙物件目録2<略>の建物を収去して同目録1<略>の土地を明け渡せ。

三  被告は、原告に対し、平成6年11月15日から前項の土地明渡済みまで1か月金8,075円の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の予備的請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

1  被告は原告に対し、別紙物件目録2<略>の建物につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  被告は原告に対し、別紙物件目録2<略>の建物を引き渡せ。

二  予備的請求

1  主文第二項と同旨。

2  被告は原告に対し、平成6年11月15日から別紙物件目録1<略>の土地の明渡済みまで1か月金1万1,000円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、主位的請求として、別紙物件目録2<略>の建物(以下「本件建物」)という)の所有権を夫である亡浅川〓之助(以下「〓之助」という)から贈与により取得したと主張して、本件建物を競落した被告に対し、本件建物につき、引渡し及び真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記を求める。さらに、被告が本件建物の所有権を有するものと認められる場合に備え、予備的請求として、本件建物の敷地である別紙物件目録1<略>の土地(以下「本件土地」という)について有する賃借権に基づき、本件土地の所有者の所有権に基づく返還請求権を代位行使して、被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求めるとともに、本件土地の使用相当損害金の支払を求めている。

一  争いのない事実等(認定事実には証拠を示す)

1  原告と〓之助は、昭和53年5月2日婚姻した(甲33)が、〓之助は、平成元年5月9日死亡した。

2  〓之助は、内山新治郎から、同人の所有する、本件土地を含む東京都葛飾区<略>の土地の一部及び同番14号の土地を賃借していたが(以下これらを「本件借地」という)、同人の死亡により、その相続人である内山正昭との間で、昭和49年5月23日ころ、賃貸借契約を再度締結した(<証拠略>)。

3  〓之助は、昭和51年5月ころ、本件土地上に本件建物を建築することとし、前妻との間の子である浅川新三郎(以下「新三郎」という)名義で建築確認申請をし、同年6月22日に建築確認通知がされた後(甲12)、同年11月ころ本件建物の建築を完成した(<証拠略>)。その後、本件建物は、家屋補充課税台帳には、昭和52年2月28日、新三郎を所有者として登録された(乙2の5)。

4  本件建物の登記については、建築以来未登記のままであったが、昭和62年4月14日、新三郎を所有者として表示登記がされ(乙1、以下「本件表示登記」という)、同月17日、本件建物につき新三郎を所有者とする所有権保存登記がされた(以下「本件保存登記」という)。

新三郎は、同年10月26日、本件建物につき、〓之助の五女利子の夫である田村明智(以下「田村」という)に対し、同月23日売買を原因とする所有権移転登記をした。

田村は、同月26日、本件建物につき、谷山哲秀(以下「谷山」という)、との間で根抵当権設定契約を締結し、権利者を谷山、極度額を1,000万円、債権の範囲を金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定登記をした(以下「本件根抵当権設定登記」という)(乙1、乙7)。

5  本件借地上には本件建物を含めて4棟の建物が建築され、これらの建物はいずれも同人と前妻との間の子である浅川益秀、浅川潤一及び新三郎の3名の所有名義となっていたが、〓之助は、昭和62年8月ころ、右4棟の建物につき、いずれも自らの資金で建築したものであると主張して、右3名の子を被告として、所有権の確認を求める訴えを東京地方裁判所に提起した(甲9、以下「第一訴訟」という)。さらに、〓之助は、昭和63年8月ころ、本件建物につき処分禁止の仮処分を東京地方裁判所に申し立て、同年8月20日、東京地方裁判所により、処分禁止の仮処分命令がされ、同月22日、その旨の登記(以下「本件仮処分登記」という)がされた(甲2、甲33)。第一訴訟は、〓之助の死後取り下げられた(原告本人)。

6  谷山は、本件根抵当権設定登記に基づき、平成2年3月ころ、本件建物につき東京地方裁判所に不動産競売の申立てをし、同年3月20日競売開始決定がされた(甲2)。

被告は、平成6年11月15日、右競売申立事件において、本件建物を競落し、翌16日、その旨の所有権移転登記をした。

7  原告は、競売手続が進行中の平成5年に、浅川益秀、浅川潤一及び田村の3名を被告として、前記5記載の4棟の建物につき、〓之助から贈与を受けるなどしてその所有権を取得したと主張して、所有権の確認、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記及び建物の明渡しを求める訴えを提起した(以下「第二訴訟」という)(甲1の1)。

8  第二訴訟につき、平成6年12月20日、原告の請求を認容する判決が言い渡され、右判決は、平成7年1月5日確定した(<証拠略>)。

二  争点

1  原告が本件建物の所有権及び本件土地の借地権を取得したか。

(原告の主張)

〓之助は、昭和62年5月26日、本件借地の借地権及び本件借地上の建物1棟の所有権等を原告に相続させる旨の遺言(乙3)以下「本件遺言」という)をし、さらに、平成元年5月2日、原告に対し、同日付け贈与契約書(乙5)により本件建物を贈与した。

(被告の主張)

本件遺言は、本件建物の贈与については全く触れていない上、原告が本件遺言から漏れた不動産の贈与を約した契約書であると第二訴訟で述べる平成元年4月20日付けの契約書(乙4)にも、本件建物の贈与については何ら触れられていない。さらに、本件建物の贈与を記載した契約書(乙5)は、〓之助の死亡直前に作成されたものであり、同人の署名押印がされていない。

これらの事実にかんがみれば、〓之助は、本件建物を原告に贈与する意思を有していなかったものである。

2  民法94条2項の類推適用の有無

(被告の主張)

(一)(1) 〓之助は、その所有する本件建物を、新三郎名義で建築確認申請をした上、同人名義で固定資産課税台帳に登録し、その後、同人名義で固定資産税の納入を継続して右不実の登録名義を承認した。

本件保存登記は、右登録名義の存在を前提として初めて可能になったものである。

(2) 一方、田村及び谷山は、それぞれ、本件保存登記を信頼したことにつき善意・無過失であった。

特に、谷山は、田村に対し事業資金として融資した貸金の担保として本件建物に根抵当権の設定を受けたものである上、根抵当権の設定当時、本件建物を自らの所有であると信じていた田村から、そのような説明を受けていたものと考えられるから、本件保存登記を信頼したことにつき善意・無過失であったものである。

(二)(1) また、〓之助及び原告は、遅くとも第一訴訟の提起直後には、本件根抵当権設定登記の存在を知っていたにもかかわらず、右訴訟の提起や本件仮処分の申立てをするにとどまり、本件根抵当権設定登記については、その抹消を求める訴訟の提起や根抵当権の実行禁止の仮処分の申立てをせず、右登記の存在を漫然と放置し、右登記が有効であるとの外観を作出したものである。

(2) 被告は、本件根抵当権設定登記が有効であり、裁判所による競売手続が何ら支障無く進行していることを認識し、本件建物を競落したものであるから、本件根抵当権設定登記を信頼したことにつき善意・無過失であったものである。

(三) したがって、民法94条2項の類推適用又は同法94条2項及び110条の類推適用により、原告は、被告に対し、本件保存登記又は本件根抵当権設定登記が不実であることを対抗できない。

(原告の主張)

(一) 本件においては、田村、谷山及び被告の信頼の対象となるべき外観は、家屋補充課税台帳上の登録名義ではなく、本件保存登記にほかならないから、〓之助が家屋補充課税台帳上の登録名義を承認していたことをもって虚偽の外観を作出したものとする被告の主張は失当である。

そして、本件保存登記については、〓之助は、本件建物の所有権を回復するため第一訴訟を提起したものであり、しかも、右訴訟提起の際、本件保存登記の存在を知らなかったものであるから、右登記の作出には何ら関与していないのであって、民法94条2項の類推適用の基礎を欠いているものである。

(二) 田村は、本件土地を〓之助から賃借し、また、〓之助の娘婿であったから、本件建物の所有者が〓之助であることを知っていたものである。

また、谷山は、本件建物に根抵当権を設定する際、敷地の利用権について調査すれば、本件建物の真の所有者が〓之助であることを知り得たはずであるから、谷山は、田村に所有権が存在しないことについて過失があったものである。

(三) 被告は、敷地の賃貸借関係や本件仮処分登記の存在から、真の所有者である〓之助あるいは原告から所有権の回復請求がされていることを容易に知り得たはずであり、新三郎に所有権が存在せず、本件保存登記及び本件根抵当権設定登記がいずれも不実であることにつき悪意又は重過失があったものである。特に、本件建物の競売手続において作成された再評価書(甲44)には、田村が内山正昭に対して地代を支払っていないこと、原告が本件建物について田村に対して明渡請求訴訟を提起していること及び本件仮処分が存することが記載されており、被告は、右評価書を見て本件建物を競落したのであるから、本件建物の所有権の所在につき悪意であったものである。

3  仮に、争点2において、被告が本件建物の所有権を取得したと認められる場合、被告は、本件建物の所有権とともに本件土地の借地権をも取得するか否か。換言すれば、原告が右借地権を失ったか否か。

(被告の主張)

借地権は、借地上の建物に対して従たる権利の関係に立つものであるから、競売手続による借地上建物の所有権移転においても、借地上建物の競落人は、従たる権利として借地権を取得するものというべきである。

したがって、本件では、本件土地の借地権は、被告の本件建物競落により被告に移転し、原告はこれを失ったものである。

(原告の主張)

被告は、本件建物の所有権を取得するとしても、本件土地についての利用権限までも取得するものではない。

したがって、原告は、〓之助から相続により取得した本件土地の借地権を依然有するものであるから、被告に対し、本件土地の所有者である内山正昭の所有権に基づく返還請求権を代位行使して、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求めることができる。

なお、本件土地の地代相当額は、1か月当たり金1万1,000円である。

第三  争点に対する判断

一  原告の本件建物の所有権取得の有無(争点1)について

1  <証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 〓之助は、浅川工務店(昭和36年に株式会社浅川工務店となる)及び有限会社信州屋を経営し、建築請負業を営んでいた。

(二) 〓之助は、昭和61年、株式会社浅川工務店の代表取締役の地位を新三郎に譲った。ところが、その後、〓之助と、浅川益秀、浅川潤一及び新三郎との間で、〓之助の有限会社信州屋の取締役の地位をめぐって紛争が生じ、その後、本件表示登記及び本件保存登記がされた。

(三) 〓之助は、昭和62年5月26日、本件借地の借地権を含む不動産その他の財産を原告に相続させる旨の本件遺言(乙3)を作成した。

(四) 〓之助は、平成元年4月20日、来訪した圓山弁護士から、本件遺言にはその全財産が網羅されていない旨の指摘を受け、同弁護士に対して、自己の所有する全財産を原告に贈与したい旨を申し出てその善処方を依頼した。

そこで、圓山弁護士は、本件遺言に記載のない物件のうち、東京都墨田区<略>等の宅地等を原告に贈与する旨の書面1通(乙4、以下「4月20日付け贈与証書」という)を作成し、〓之助はこれに署名した。

(五) 圓山弁護士は、平成元年5月2日、本件借地及び右借地上に存する4棟の建物等、すべての財産を原告に遺贈するとの文言を記載した「贈与証書」と題する書面1通(乙5)以下「5月2日付け贈与証書」という)を作成し、原告の同席する場で、〓之助にこれを見せた。同人は右内容をすべて了承したが、当日は手がむくんで到底署名のできない状態であったため、圓山弁護士は、やむなく1週間後の同月9日に再度来訪する旨を約して〓之助方を辞した。〓之助は、同日死亡した。

2  以上の各事実によれば、〓之助は、昭和62年5月26日、原告に対し、本件借地の借地権を相続させる旨の遺言を作成した後、平成元年5月2日、本件建物を贈与したことが認められる。

以上によれば、原告は、贈与により本件建物の所有権を、相続により本件土地の借地権をそれぞれ取得したものと認めることができる。

3  以上の認定判断に対し、被告は、本件遺言及び4月20日付け贈与証書には本件建物についての記載が全くないこと及び5月2日付け贈与証書が作成されたのは〓之助の死亡の直前であることを理由に、〓之助は、本件建物を原告に対して贈与する意思を有していなかったものと主張する。

しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、〓之助は、死亡の直前まで明確な意識を持っていたものと認められる。また、前記認定によれば、〓之助は、本件建物の敷地である本件借地の借地権を原告に相続させる旨の本件遺言をしている上、原告以外の相続人である浅川益秀、浅川潤一及び新三郎を相手方として、本件借地上の本件建物を含む4棟の建物の所有権をめぐって訴訟を提起しているのであって、これらの事実によれば、〓之助が、平成元年5月2日当時において、本件建物を含む全財産を原告に取得させる意思を有していたことが推認でき、〓之助から平成元年5月2日に全財産の贈与を受けたとする原告本人尋問の結果及び乙6の記載は信用することができる。

また、確かに、本件遺言(乙3)及び4月20日付け贈与証書(乙4)には本件建物が記載されていないのであるが、前記のとおり、本件遺言により、本件借地の借地権はすべて原告が取得することとなっていることからすれば、本件借地上に存する本件建物も本件借地権の帰属する原告に取得させる意思であったと考えるのが自然である。4月20日付け贈与証書は、本件遺言に触れられていない不動産について補充する趣旨で作成されたものではあるが、その際には本件借地とは全く関係のない土地及び建物が脱落していたので、これについて明確にしただけで、本件建物について本件遺言で具体的には言及されていないことを失念していたと考えても不合理とはいえない。

以上によれば、被告の右主張は理由がない。

二  民法94条2項の類推適用等の有無(争点2)について

1  本件においては、田村、谷山及び被告が本件建物について権利関係を有するに至った当時、既に本件保存登記は完了していたものであるから、田村、谷山及び被告は、本件保存登記の存在を認識して権利関係を有するに至ったというべきである。したがって、右3名が本件保存登記を信頼したことにつき民法94条2項の類推適用等が認められるか否かについて判断する。

2  <証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 〓之助は、本件建物の新築当時、高額の所得があったことから、税金対策のため、新三郎名義で建築確認申請をした上、本件建物を登記しないこととした。そのため、本件建物は、昭和52年度以降、新三郎を所有者として家屋補充課税台帳に登録され、新三郎に対して固定資産税が課税された。〓之助は、この固定資産税を新三郎の名義で支払い、右のように家屋補充課税台帳に本件建物が新三郎名義で登録されていることについて異議を述べたことはなかった。

(二) 本件保存登記の手続においては、新三郎は、その所有権を証する書面として、建築請負人である株式会社浅川工務店の建築工事完了引渡証明書、工事代金領収書(再発行分)及び取締役会議事録とともに、固定資産税課税台帳登録事項証明書を提出した。

(三) 〓之助は、第一訴訟提起の際、本件表示登記及び本件保存登記の存在を知らなかったため、右訴状において、固定資産評価証明書の所在番号により本件建物を特定した。

3  前記2(三)及び前記争いのない事実等5のとおり、〓之助は、本件表示登記及び本件保存登記がされてから約4か月後に第一訴訟を提起したが、その当時においては、右各登記の存在を知らず、右訴訟提起の約1年後に至り、本件建物について処分禁止の仮処分を申し立てているのである。これらの事実によれば、〓之助は、新三郎が本件建物の登記名義を有することについては、これを黙示的にせよ承認したことはないというべきである。

4  しかしながら、右2(一)の事実及び前記争いのない事実等3によれば、〓之助が税金対策のため新三郎名義で建築確認申請をし、同人宛てに本件建物の建築確認通知がされたために、新三郎名義の家屋補充課税台帳への登記がされたものであるし、〓之助は、右登録後も新三郎名義で固定資産税を支払い続けていたものであって、右家屋補充課税台帳への登録を事後的に承認していたものである。したがって、〓之助は、本件建物が未登記のまま譲渡された場合には、未登記建物について虚偽の外観を作出したものとして、善意の第三者が民法94条2項の類推適用の保護を受けることを受認すべき立場にあったものである(最高裁昭和48年6月28日第一小法廷判決・民集27巻6号724頁参照)。

本件においては、前述のとおり既に保存登記が完了しており、右の判例理論はそのまま適用することはできない。しかしながら、前記2(二)の事実によれば、新三郎は、本件建物が家屋補充課税台帳上自己名義で登録されていることを利用して自己名義の固定資産課税台帳登録事項証明書を取得し、これを添付して右登記手続を行ったものであって、この証明書が得られたからこそ、新三郎名義の表示登記及び保存登記が可能となったと認めるのが相当である。すなわち、前記2(二)記載の各書面のうち、建築工事完了引渡証明書、工事代金領収書及び取締役会議事録は、いずれも、新三郎が、昭和62年4月及び5月に浅川工務店の代表者として新たに自己が建築主である旨を証するために作成した書面であり、家屋補充課税台帳上の登録が新三郎の名義でなかったとすれば、同人の所有であることの立証は困難であったといわざるを得ず、本件建物が家屋補充課税台帳上新三郎名義で登録されていたことが、新三郎が本件表示登記及びこれを前提とする本件保存登記を行うに当たって重要な役割を果たしたことは疑いがないからである。

そうだとすれば、不実の登録名義を利用することによって初めて不実の保存登記という虚偽の外観が作出されたのであるから、右不実の登録名義の作出に関与し、これを承認していた〓之助は、その後にされた本件保存登記を承認していなかったとしても、民法94条2項及び110条の法意により、本件保存登記を信頼した善意・無過失の第三者に対しては、新三郎に所有権がないことをもって対抗できないものと解すべきである。

したがって、本件においては、田村、谷山又は被告のいずれかにおいて、本件保存登記を信頼したことにつき善意・無過失であった場合には、原告は、被告に対し、本件建物の所有権を対抗できないものというべきである。

5  そして、乙1及び乙7によれば、本件根抵当権設定登記にかかる根抵当権は、谷山が田村に対して事業資金として融資した貸金の担保のために設定されたものであることが認められる。また、甲1によれば、田村は、第二訴訟において、本件建物は、〓之助から新三郎に贈与され、さらに新三郎から田村に贈与されたものである旨主張していることが認められ、右事実によれば、田村は、谷山に対し根抵当権を設定した当時、自らが本件建物の所有者であるとの認識を持っており、谷山に対し、〓之助が本件建物の真実の所有者であることを告げなかったことが推認される。

以上の各事実によれば、谷山は、本件保存登記を信頼したことにつき善意・無過失であったものと認められる。

そうすると、原告は、谷山に対し、新三郎が本件建物の所有者でないことを対抗し得ず、したがって、右根抵当権に基づく競落人である被告に対しても、新三郎が本件建物の所有者でないことをもって対抗できないこととなり、被告は、競落により、本件建物の所有権を取得したこととなる。

6  以上によれば、原告の主位的請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないこととなる。

三  被告が本件土地の借地権を取得したか否か(争点3)について

1  被告は、本件土地の借地権は、本件建物に対する従たる権利であるから、本件建物所有権の取得と併せて右借地権をも取得したと主張する。

しかしながら、本件においては、〓之助自身は、本件建物について何ら所有権の譲渡ないし根抵当権の設定行為を行っていないのであるから、被告は、新三郎名義の本件保存登記や谷山による根抵当権設定登記に関して、民法94条2項及び110条の法意により、谷山が本件保存登記を信頼した範囲でのみ保護されるにすぎないというべきである。そうすると、被告が本件土地の借地権を取得するのは、借地権存在の外観について民法94条2項の類推適用が認められる場合に限られるべきこととなる。

この点を本件についてみると、家屋補充課税台帳上の登録あるいは本件保存登記の存在をもってしては、本件土地についての占有権原の有無及びその種類を知ることは不可能であるから、新三郎が本件土地の借地権を有するとの外観があったと認めることはできないといわざるを得ない。また、本件根抵当権設定登記の存在をもってしても、新三郎が右借地権を有するとの外観があるとは到底いえない。このことは、本件根抵当権に基づく競売手続においても、現に〓之助が本件土地の借地人であるとされ、本件建物は、借地権を伴わないものとして評価されている(甲42ないし甲44)ことからも裏付けられよう。

2  以上によれば、本件において、被告は、競売により、本件建物とともに本件土地の借地権までをも取得したものということはできず、原告は、依然として本件土地の借地権者であるというべきである。したがって、原告の予備的請求のうち、建物収去土地明渡請求は理由があることとなる。

なお、本件土地の使用相当損害金については、<証拠略>によれば、原告は、平成5年当時、内山正昭に対し、本件借地全体の地代として、1か月3万5,519円の支払をしていたことが認められる。<証拠略>によれば、本件借地の面積は260.92平方メートルであり、本件土地の面積は59.32平方メートルであるから、右地代を本件土地の面積の割合により按分すると、本件土地についての使用相当損害金は、1か月当たり8,075円であると認められ、これを超えて使用相当損害金が発生した事実を認めるに足りる証拠はなく、右額を超える部分についての請求は理由がないこととなる。

四  以上によれば、原告の請求のうち、主位的請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、予備的請求のうち、本件建物の収去及び本件土地の明渡を求める部分並びに1か月8,075円の割合による使用相当損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法89条、92条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言については、相当でないのでこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 安浪亮介 前澤達朗)

(別紙)物件目録<略>

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